2023年5月に「信託型ストックオプション」についての国税庁と経済産業省による税制説明会が実施され、同時にストックオプションに関するQ&Aの配布等が行われました。
このQ&Aでは、「信託型SO」だけでなく、「税制適格SO」や「税制非適格SO」、「有償SO」など、SOに関する税務上の一般的な取扱いについて、質疑応答形式で整理されています。
そこで今回は、このQ&Aを受けて、インセンティブ報酬として活用されている「税制非適格SO(1円SO)」について、「制度概要」や「メリット・デメリット」、「会計上・税務上の取扱い」などを詳しく解説します。
なお、信託型ストックオプションの詳細については、以下の記事もご参考になさってください。
信託型SOは行使時に給与課税!従来の有利な取扱いは認められず!(仕組み等を解説)
Table of Contents
税制非適格SOの制度概要
始めに税制適格ストックオプションと1円ストックオプションの「制度概要」及び「課税イメージ」を確認します。
(1)税制非適格SOとは?
税制非適格ストックオプションとは、会社の役員や従業員に対して、労働の対価として、税制適格要件を満たしていないストックオプションを無償で付与する報酬制度です。
付与対象者や行使期間、行使価額などに関する厳しい要件が設定されていない代わりに、権利行使時に給与所得課税(最大で約55%の累進課税)が課され、株式売却時には譲渡所得(税率20.315%の分離課税)として課税され、税金が2回もかかることが特徴です。
(2)1円ストックオプションとは?
1円ストックオプションとは、行使価格を1円といった低価格に設定することで、権利行使時にその時点の株価とほぼ同等のキャピタルゲインを得ることができる株式報酬型のストックオプション制度です。
税制非適格ストックオプションを導入している多くの会社で実際に導入されているのは、税制適格ストックオプションの活用型である、この1円ストックオプションの方になります。
(3)SO付与対象者の課税イメージ
税制非適格ストックオプション(1円ストックオプション)を付与された会社の役員や従業員(SO付与対象者)における、課税イメージは下図の通りです。
このように、非適格ストックオプションについては、付与時に課税はなされない一方で、権利行使時に給与所得として課税がされ、株式売却時に譲渡所得として課税がされます。
そのため付与対象者にとっては、株式の売却代金がキャッシュインする前の株式の取得時点において、先に権利行使益部分の課税があることから、税金の支払いについては、注意が必要です。
なお、課税に関する詳細については、「税務上の取扱い」の記載をご参照ください。
税制非適格SOのメリット
ここでは、税制非適格ストックオプションを導入することによる主なメリット2つを確認します。
税制適格ストックオプションの場合、租置法第29条の2で規定されている要件を全て満たさなければならないという厳しい条件がありますが、税制非適格ストックオプションの場合には、このような要件の充足は要求されていません。
そのため、税制非適格ストックオプションには、次のようなメリットがあります。
(1)権利行使の限度額(1,200万円以下)がない
(2)権利行使期間(2年~10年)の制限がない |
詳細は以下で確認します。
(1)権利行使の限度額(1,200万円以下)がない
税制適格ストックオプションでは、年間の権利行使価額の合計が1,200万円以下に制限されています。
株式上場を目指す会社などでインセンティブ報酬としてストックオプション制度を導入する場合、一般的にキャピタルゲインが大きくなることから、この年間の権利行使価額の制限が足かせとなることがあります。
一方で、税制非適格ストックオプションの場合には、このような権利行使価額の制限はないことから、柔軟なインセンティブプランの設計が可能となります。
なお、権利行使価額が1,200万円を超えた場合、その超えた金額のみが税制非適格ストックオプションとなるのではなく、その権利行使価額の全体が税制非適格ストックオプションとなり、課税の対象となります。
具体的な事例でこの取扱いを確認すると以下のようになります。
<事例>
✓既に年間1,000万円を権利行使している
✓同一年で新たに500万円の権利を行使する、 |
この事例では、新たに権利行使した500万円のうち、1,200万円を超える300万円だけでなく、500万円全体が税制非適格ストックオプションと判定され、課税の対象となります。
さらに、一度でもこの権利行使価額の条件を外れてしまうと、それ以降の権利行使については、年間行使価額が1,200万円以下であったとしても、税制適格ストックオプションの対象に戻ることはできなくなります。
(2)権利行使期間(2年~10年)の制限がない
税制適格ストックオプションでは、権利行使期間が定められており、権利が行使できるのは、ストックオプションの付与決議から2年後〜10年後の8年間に限られています。
一方で、税制非適格ストックオプションの場合には、このような権利行使期間の制限はないことから、長期視点での柔軟なインセンティブプランの設計が可能となります。
税制非適格SOのデメリット
一方、税制非適格ストックオプションを導入することでデメリットもあります。ここでは税制非適格ストックオプションの主なデメリット3つを確認します。
(1)課税が2回もある
(2)税率が高い (3)キャッシュインがないのに税金の支払が先行する |
(1)課税が2回もある
「税制適格ストックオプション」や「有償ストックオプション」の課税については、ストックオプションを権利行使して取得した株式を売却した時だけの1回で済みます。
一方で、「税制非適格ストックオプション」については、ストックオプションの権利行使時と、株式売却時に2回も課税がされてしまいます。
(2)税率が高い
税制非適格ストックオプションのデメリットとして、課税が2回あるだけでなく、税率が高いことも挙げられます。
税制適格ストックオプションは、株式を売却した時に譲渡所得として課税がされます。この譲渡所得の税率は、付与対象者の所得の多寡にかかわらず、一律で約20%の税率となります。
一方で、税制非適格ストックオプションは、権利行使時に給与所得として課税がされ、さらに株式売却時に譲渡所得として課税がされます。この給与所得としての課税には、総合課税が適用され、付与対象者の所得の多寡によって、税率が最大で約55%となります。
そのため、税制非適格ストックオプション、特に1円ストックオプションを採用する場合には、2分の1課税の特例の適用を受けられるように退職型として、給与所得課税を免れることが一般的です。
なお、退職型1円ストックオプションの詳細については、税務上の取扱いの記載をご参照ください。
(3)キャッシュインがないのに税金の支払が先行する
税制非適格ストックオプションでは、権利行使時に給与所得として課税されますが、権利行使時には株式を取得しただけで、売却はしていないことから実際のキャッシュインはありません。
そのため、税制非適格ストックオプションでは、付与対象者にキャッシュインがない段階で先行して税金の支払が発生することから、個人での資金繰りに注意が必要です。
税制非適格SOの会計上の取扱い
ここでは、会社の役員や従業員に対して税制非適格ストックオプション(1円ストックオプション)を発行した場合の、会社側の会計処理を確認します。
<例示>
✓権利行使価格:1
✓税制ストックオプションの公正な評価額:900 ✓付与から権利確定までの期間:3年 ✓権利行使可能期間:3年~15年 |
<付与時(1年目)>
役員や従業員に対する報酬となるため、権利確定までの期間に応じて費用を計上します。
株式報酬費用 300 / 新株予約権 300 ※ |
※ 評価額900÷権利確定までの期間3年
<2年目>
株式報酬費用 300 / 新株予約権 300 |
<3年目>
株式報酬費用 300 / 新株予約権 300 |
<権利行使時(新株発行)>
預金 1 + 新株予約権 900 / 資本金等 901 |
<権利行使期間満了時(権利が行使されず全て失効)>
新株予約権 900 / 新株予約権戻入益 900 |
上記のようにストックオプションの公正な評価額を算定することが必要となりますが、非上場会社の場合には、評価額を合理的に見積もることが困難なため、割当契約時の株価と権利行使価額の差額(≒現在行使した場合の価値)を使用することが認められています。
税制非適格SOの税務上の取扱い
ここでは、「付与対象者個人」と「発行会社」の税務上の取扱いや、その他の税務上の留意点などを確認します。
(1)付与対象者個人の所得税法上の取扱い
税制非適格ストックオプションを付与された付与対象者個人の「ストックオプション付与時」、「権利行使時」、「株式売却時」のそれぞれにおける所得税法上の取扱いは、次の通りです。
①ストックオプション付与時の取扱い
税制非適格ストックオプションを付与した場合、発行会社の役員や従業員は無償でストックオプションを手に入れることができますが、通常、付与時に課税関係は生じません。
なぜなら、一般的に税制非適格ストックオプションには譲渡制限が付されているため、付与されたストックオプションを売却して経済的利益を実現させることができないからです。
なお、税制非適格ストックオプションの譲渡制限を外した場合には、外した時点で課税がされてしまいます。
②権利行使時の取り扱い(退職型の活用)
税制非適格ストックオプションの権利を行使した場合には、次の算式の通り、権利行使時の株価と権利行使価額との差額が給与所得や退職所得等として課税されます。
<算式>
給与所得等 = ( 権利行使時の株価 - 権利行使価格 ) × 株式数 |
所得区分に関しては、原則、給与所得となるため、付与対象者の所得の多寡によって、税率が最大で約55%となります。
ただし、権利行使が退職した場合に限って認められる設計の税制非適格ストックオプションについては、退職所得として、「2分の1課税の特例」や「分離課税」が適用されます。
そのため、税制非適格ストックオプション、特に1円ストックオプションについては、この退職型を活用することが多いです。
なお、退職金の課税については、以下の記事をご参照ください。
過大役員退職金に関する記事はこちら:
役員退職金を過大とされないためのポイントを解説!(判決の検討)
事業承継対策としての役員退職金に関する記事はこちら:
役員退職金を活用した事業承継対策(株価が大幅に下がります!)
③株式売却時の取り扱い
税制非適格ストックオプションの権利を行使して取得した株式の売却した場合には、次の算式の通り、売却価額と取得価額(権利行使時の価額)との差額が株式の譲渡所得として、一律約20%の税率で課税されます。
<算式>
譲渡所得 = ( 売却価格 - 取得価格 ) × 株式数 |
(2)発行会社の法人税法上の取扱い
会社が役務提供の対価として発行したストックオプション(無償ストックオプション)に係る費用については、付与対象者個人に給与等課税事由(退職所得課税も含む)が生じた場合に、役務の提供を受けたものとして、損金に算入することができます。
つまり、付与対象者が税制非適格ストックオプションの権利行使を行い、個人に給与課税等がされた場合には、発行法人において費用として損金に算入することができます。
ただし、付与対象者が役員である場合においては、別途、役員給与の損金算入要件を満たす必要があることから、通常は、税務上の「事前確定届出給与」や「業績連動給与」となるように制度設計を行います。
そのため、法人税の申告調整において、会計上の役務提供費用(株式報酬費用)は付与対象者に給与等課税事由が生じるまでは加算処理を行い、給与等課税事由が生じた時点で減算処理を行います。
また、税制非適格ストックオプションを費用処理する場合には、法人税の確定申告書に別表14(三)の「新株予約権に関する明細書」を添付する必要があります。
(3)その他の税務上の留意点
ここでは、その他の税務上の留意点とて、「源泉徴収義務」や、「社会保険」に関する事項を確認します。
①源泉徴収義務がある
税制非適格ストックオプションについては、権利行使時に付与対象者の給与所得または退職所得として課税がされます。
そのため、発行法人においては、付与対象者である役員や従業員に支払う給与または退職金として、源泉徴収義務を負うこととなります。
ただし、ストックオプションの行使時には、発行法人から役員や従業員に対する金銭の支払いはないことから、原則として源泉徴収税額相当額を役員や従業員から別途で徴収する必要があるため注意が必要です。
②社会保険料の対象外
ストックオプションの権利行使の係る経済的利益は、健康保険・年金保険の計算の基礎となる賃金には該当しないことが労働基準局の通達(平.9.6.1基発第412号)で明らかにされています。
そのため、社会保険料の計算上は、ストックオプションの権利行使益を含める必要はないため、無駄な保険料を納付しないように注意が必要です。
税制非適格SOの活用事例
ここでは、税制非適格SOの活用事例として、2つの事例を確認します。
なお、税制非適格ストックオプションの活用ケースは、税率の高さ等のデメリットから、かなり限定的で、税制適格要件を満たすことができない場合には、有償ストックオプションを選択することが多いです。
(1)退職金代わりに1円ストックオプションを付与するケース
「税務上の取扱い」に記載の通り、税制非適格ストックオプションを権利行使した場合には、原則として、給与所得となるため、付与対象者の所得の多寡によって、税率が最大で約55%となります。
ただし、権利行使が退職した場合に限って認められる退職型1円ストックオプションとすることで、給与課税を免れることができ、退職所得課税として、「2分の1課税の特例」が適用されます。
仮に税制非適格ストックオプションの権利行使時の課税が、給与所得で、高い税率が適用されるはずの個人であった場合であっても、退職型とすることで、税金の負担をおよそ半分とすることができます。
そのため、実務において、税制非適格ストックオプションを活用する場合には、通常、退職型の1円ストックオプションになります。
(2)税制適格SOが要件を充足できなくなった結果として税制非適格となるケース
もともと税制適格ストックオプションとして付与していたものが、何らかの事情(例えば、年間の行使可能価額1,200万円を超えた権利行使など)で厳しい税制適格要件を満たすことができなくなった場合には、途中から税制非適格ストックオプションとなります。
一度、要件を満たすことができなくなり、税制非適格ストックオプションになった場合には、その後に要件を満たすことができたとしても、税制適格ストックオプションに再区分することはできないため、注意が必要です。
税制適格SOと税制非適格SOとの比較
税制適格SOと税制非適格SOとの比較は下表の通りです。
税制適格SO | 税制非適格SO (1円SO) |
|
制度分類 | 報酬 | 報酬 |
株価向上インセンティブ | 値上り益型 | フルバリュー型 |
業績条件 | つけられる | つけられる |
付与対象者個人の課税 | 付与時:課税なし 行使時:課税なし 譲渡時:譲渡 |
付与時:課税なし 行使時:給与 or 退職 譲渡時:譲渡 |
行使時の源泉徴収 | なし | あり |
源泉以外のキャッシュアウト | 付与時:生じない 行使時:行使価額(付与時の時価以上) |
付与時:生じない 行使時:行使価額(任意に設定できるが1円SOの場合は1円) |
会社の損金算入 | × | 〇 (役員は事前確定届出給与 or 業績連動給与) |
会計処理 | 右と同じ | 発行時の公正な評価額を付与日から権利確定日にわたって期間按分等で費用計上し、対応する金額を新株予約権として計上 |
会計仕訳 | 右と同じ | 付与時:仕訳なし 決算時:株式報酬費用/ 新株予約権 権利行使時:新株予約権+現預金 / 資本金等 失効時:新株予約権 / 新株予約権戻入益 |
なお、各ストックオプション制度の詳細等については、以下の記事もご参考になさってください。
税制適格SOの詳細についてはこちら:
税制適格SOとは?要件や会計上・税務上の取扱いを詳しく解説!!
有償SOの詳細についてはこちら:
有償SOとは?デメリットや会計上・税務上の取扱いを詳しく解説!!
ストックオプション制度の全体像についてはこちら:
ストックオプション制度の全体像を詳しく解説!(税制適格・非適格・1円・有償・信託型の比較)
まとめ
以上今回は、インセンティブ報酬として活用されている「税制非適格SO(1円SO)」について、「制度概要」や「メリット・デメリット」、「会計上・税務上の取扱い」などを詳しく解説いたしました。
税制非適格ストックオプションについては、租置法第29条の2で規定されている厳しい要件を充足することは不要のため、インセンティブ制度として柔軟な設計が可能というメリットがあります。
一方で、税制適格ストックオプションのように、権利行使時の給与課税等は繰り延べられず、原則として高い税率(最大で約55%)が適用されるというデメリットもあります。
そこで、株式上場を目指す会社においては、このメリットを確保しつつ、デメリットを解消するためのスキームとして、2015年ごろから「信託型SO」が活用されていました。
ただし、「信託型SO」に関しては、2023年5月に国税庁が説明会で示した見解により、今後は権利行使時の給与課税を避けることができなくなっていることから注意が必要です。
「江東区・中央区(日本橋)・千葉県(船橋)」を拠点とする保田会計グループでは、株式報酬制度や役員報酬に関する税務アドバイザリー業務を得意としております。
ご興味等ございましたら、いつでもお問合せください。