平成30年7月6日に相続法の分野において約40年ぶりとなる大きな改正がされています。
その中で注目すべき改正項目は、一定の条件のもと遺産分割前でも相続人が単独で被相続人(お亡くなりになった人)名義の預貯金を払い戻すことができる「預貯金の仮払い制度」の創設です。
そこで今回は、「預貯金の仮払い制度」が創設された背景とその概要、仮払い制度を利用する場合の注意点などを解説します。
なお、相続に関するサービスについては、以下のサイトをご参照ください。
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相続財産は「共同相続」
人が亡くなると、財産(遺産)についての相続が発生します。
相続人が1人だけであれば、相続放棄をしないかぎり、その相続人が全ての相続財産を一括して相続するため、誰がどの財産を相続するかを決める必要はありません。
一方で、相続人が複数人いる場合、相続財産は相続人全員の共有になります。
この相続財産には、当然に預貯金も含まれるため、相続人の1人が勝手に引き出すことは、裁判所の許可を得た場合など複雑な手続きを踏む場合を除き、認められてきませんでした。
そのため、これまでは相続財産について「誰が・何を・どの割合で」取得するのかを遺産分割協議で決めた後に、金融機関への払い出し請求など必要な手続きを経て、各相続人が相続財産を取得する必要がありました。
ただし、「遺産分割協議」が成立するまでには時間がかかることが多く、紛争化すれば数年かかることもあり、その間の相続財産の維持費用等を相続人が自身のお金で立て替えなければならないケースがあり得ました。
そこで相続法改正前は、遺産分割協議で確実に相続できそうな金額だけでも、各相続人が自由に使えるようにしておくことが望まれていました。
なお、遺産分割については、以下の記事もご参照ください。
遺産分割とは?手続きの流れと揉めやすい4つのケースを解説
法改正前の問題点
平成30年7月6日の相続法改正前においては、以下のように最高裁判所の決定により、相続人単独では預貯金の払い戻しがかなり難しいという問題点がありました。
(1)最高裁判所の決定
平成28年12月19日の最高裁判所の決定より前は、葬儀費用や遺族の生活費、相続債務の弁済など、どうしても預貯金の払い戻しが必要なケースでは、法定相続分の預貯金を単独で引き出せることが可能でした。
ただし、法定相続分の預貯金を単独で引き出すことによる相続トラブルも絶えず発生していたことから、平成28年12月19日の最高裁判所の決定では、以下のような判断が示されました。
✓共同相続された普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となるものと解するのが相当 |
この判断により、預貯金は当然には分割されないものとなりました。
(2)金融機関の払い戻し手続きの厳格化
最高裁判所での決定を受けて、平成29年以降、銀行などの金融機関では、口座名義人が死亡した事実を知ると、すべての口座はいったん凍結されるようになりました。
そのため、遺産分割完了前の相続人による入出金や振込み、記帳、貸金庫、公共料金の引き落とし、その他、株式の売却までも、すべての取引が原則としてできなくなったのです。
そして、多くの金融機関では口座の凍結解除を申請するためには、被相続人の遺言書や遺産分割協議書のコピーなどを提出することを求めていたため、遺言書がなく、遺産分割協議が成立する前には、預貯金の払い戻しがかなり難しいという点が問題とされていました。
預貯金の仮払い制度(2つ)の創設
相続人単独による預貯金の払い戻しがかなり難しいため、特に配偶者など一部の相続人の生活が困窮してしまわないように、相続トラブルへの影響が小さい少額の払い戻しは認めるべきだとの指摘が多方面からありました。
このような指摘を受け、「遺産分割における公平性を図りつつ、相続人の資金需要に対応」するために、令和元年7月1日より以下の2つの仮払い制度を設けることで、1人の相続人による預貯金の払い戻しに関する規制が緩和されています。
(1)家庭裁判所の判断により仮払いを請求する方法(仮分割の仮処分)
家事事件手続法第200条3項の改正により、家庭裁判所は預貯金に限定して仮払いの必要性があると認められた場合には、他の共同相続人の利益を侵害しない範囲で預貯金の全部または一部の仮払いを認めることができるようになっています。
従来から仮分割の仮処分という制度はあったものの、「急迫の危険を防止するため必要があるとき」との制限規定がありました。この規定は残ったままですが、新たに「相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情があるとき」との規定が設けられたことで、遺産分割前に預貯金の払い戻しを受けるための要件が緩和されています。
(2)家庭裁判所の判断を経ずに仮払いを請求する方法
民法第909条の2が新設されたことにより、他の共同相続人の合意等を得なくても、また、家庭裁判所の仮処分がなくても、各金融機関において相続人が単独で最大150万円までは預貯金の払い戻しを受けることができるようになっています。
具体的な引き出し上限は、次のいずれか小さい方の金額とします。
①:相続開始時の預金残高 × 1/3 × 法定相続分
②:150万円 |
複数の金融機関に預金がある場合には、それぞれの金融機関の預金に対して、引き出し上限を算定します。
この仮払い制度を利用する場合の必要書類は以下の通りです。
✓被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍謄本 ※ ✓相続人全員の戸籍謄本 ※ ✓払い戻しを申請する相続人の印鑑証明書 |
※ 多くの金融機関で、被相続人・相続人の戸籍謄本の代わりに、法務局が発行した「法定相続情報一覧図の写し」で手続きすることができます。
また、必要書類は金融機関ごとに若干異なることから、事前に仮払い制度を利用する金融機関に確認することをお勧めします。
なお、法定相続分など、相続の基礎知識については、以下の記事をご参照ください。
相続税の計算方法をわかりやすく解説!(スケジュールや相続税がかかる遺産額も)
仮払い制度を利用する注意点
仮払い制度は、相続発生後の資金需要に対する不安をある程度解消できるというメリットがあります。
ただし、仮払い制度の利用については、いくつかの注意点もあることから、以下で、その注意点を確認します。
(1)家庭裁判所の仮処分には時間がかかる
家庭裁判所から仮分割の仮処分を受けるためには、遺産分割の調停または審判を申し立てる必要がありますが、時間がかかることから、緊急を要する資金の手当としては使いにくい制度です。
ただし、限度額が設定されていないことから、150万円以上の預貯金を引き出したい場合には、この制度を使う必要があります。
(2)相続放棄ができなくなる可能性がある
被相続人の預貯金を使ってしまった場合には、相続することを承認したとみなされる(単純承認)ことから、その後に被相続人に多額の借金や保証人の事実などが見つかっても、相続放棄や限定承認ができなくなります。
そのため、預貯金の仮払いを受ける前には、被相続人の消極財産の有無や金額などを入念に調査しておくことが重要です。
(3)仮払い分は遺産分割で調整される
仮払い制度を利用して払い戻した預金は、遺産分割協議において、払戻しを受けた相続人が取得するものとして調整されます。
事例:遺族である配偶者が生活費のために150万円の預金の払い戻しを受けるケース
✓相続財産:5,000万円 ✓相続人:配偶者と子供の2人 ✓法定相続分:配偶者と子供の2分の1ずつ |
この事例では、遺産分割において、配偶者は、相続分2,500万円(5,000万円×1/2)から150万円を差し引いた2,350万円を引き継ぐことになります。
(4)遺言がある場合は仮払いできないことがある
遺言書により、特定の相続人あるいは法定相続人でない人に預金を遺贈する場合には、他の相続人は仮払い制度が利用できないことがあります。
例えば、遺言書の内容が「預金のすべてを配偶者に相続させる」という内容だった場合には、配偶者以外の相続人は払い戻しができません。
(5)相続財産の差し押さえ
仮払いを受ける権利そのものは差し押さえができないとされています。
ただし、共有状態にある相続財産の持分が差し押えられた場合は、差し押えの処分禁止により、仮払いを受けることができなくなることから注意が必要です。
まとめ
以上今回は、「預貯金の仮払い制度」が創設された背景とその概要、仮払い制度を利用する場合の注意点などを解説いたしました。
相続法改正前は、最高裁判所の決定もあり、相続人単独では預貯金の払い戻しがかなり難しいという問題点がありました。
その問題点に対処するため、相続法改正で仮払い制度が創設され、「家庭裁判所の判断により仮払いを請求する方法(仮分割の仮処分)」や「家庭裁判所の判断を経ずに仮払いを請求する方法」が利用できるようになっています。
家庭裁判所の判断を経ずに仮払いを請求する方法では、他の共同相続人の合意等を得なくても、また、家庭裁判所の仮処分がなくても、各金融機関において相続人が単独で最大150万円までは預貯金の払い戻しを受けることができます。
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なお、預貯金の相続手続については、以下の記事もご参照ください。
預貯金の相続手続の流れと注意点等を詳しく解説!