複数の事業を営みたいという個人事業主の方もおられると思います。
もちろん、個人事業主の場合であっても、会社と同じように、複数事業を営むことは可能です。
ただし、その手続きとして、「開業届」や「青色申告承認」、「決算書」、「確定申告」などをどのようにすればいいのか分からないと言った相談をよく受けます。
そこで今回は、複数の事業を営む(異なる事業を新たに開始する)場合について、「開業届の必要性」や「屋号の登録」、「青色申告の取扱い」、「決算書の作成方法」、「確定申告書の作成方法」などを解説します。
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個人事業主は複数の事業を営むことができる?
会社が1社でいくつかの事業を営むことができるように、個人事業主の場合であっても、1人でいくつかの事業を営むことができます。
例えば、小売店を営む店主が空いているスペースで飲食店業を始める場合には、事業所得を生じる2つの事業を営むこととなります。また、塗装業を営む事業主が、マンションの賃貸業を始める場合には、事業所得と不動産所得を生じる2つの事業を営むこととなります。
これらのように所得区分が同じ場合や異なる場合のいずれであっても、個人事業主は複数の事業を営むことができます。
なお、会社員や年金受給者の人は以下のサイトもご参照ください。
会社員:
会社員の節税対策6選!!
年金受給者:
年金受給者の確定申告は必要か?
既に開業届出を提出している個人が異なる事業を開始する場合に開業届は必要か?
既に開業届出を提出している個人事業主が、異なる事業を始める場合には、開業届出は必要でしょうか。
以下の国税庁サイトによると、「新たに事業を開始した場合には、個人事業の開業届出の提出が必要」とされています。
[手続名]個人事業の開業届出・廃業届出等手続|国税庁
一見すると、既に開業届出を提出している個人事業主が、異なる事業を始める場合には、追加で開業届出の提出が必要と解釈できそうですが、ここで言う「新たに事業を開始した場合」とは、不動産所得、事業所得、山林所得のいずれも営んでいない人が、いずれかの業務を初めて開始した場合のことを指します。
そのため、既に開業届出を提出している個人事業主が、異なる事業を始める場合には、「新たに事業を開始した場合」には該当せず、開業届出の提出は不要となります。
なお、この「新たに事業を開始した場合」の解釈については、『所得税・消費税誤りやすい事例集(令和4年12月)東京国税局』の中の「青色申告承認申請」の項目に記載があります。
個人事業主は2つ目の屋号を登録できる
個人事業主における屋号とは、その個人事業者が使用する「商業上の名前」のことです。
開業届出において、記載は必須ではありませんが、開業届の提出で屋号を登録できるため、2つ目の屋号を取得したい場合には、開業届出に新しい屋号を記載し、また、「その他参考事項」の欄に、「屋号の追加登録」などと記載して税務署へ提出します。
複数の屋号を使い分けるメリット
1つの屋号で複数の事業を展開しても問題ありませんが、事業ごとに屋号を分けたほうが、宣伝効果が高まる、効率的に集客できるといったメリットがあります。
例えば、「○○企画」という屋号で、イラスト作成やWebデザイン、イベント企画を行っていてもあまり違和感はありませんが、一方、「○○研究所」という屋号で、小売店舗の事業を行うことには違和感があります。
そのような場合は、「○○研究所」の屋号とは別に「〇〇販売店」といった屋号を付けることが考えられます。
複数の屋号を使い分ける場合の注意点
複数の屋号を使い分ける場合には、次のような点に注意が必要です。
(1)屋号付き口座を作る場合等、開業届出を求められる場合がある (2)どの屋号で活動しているか間違えないようにする (3)屋号の数は必要最小限とする |
それぞれの注意点について、以下で確認します。
(1)屋号付き口座を作る場合等、開業届出を求められる場合がある
屋号が入った個人の銀行口座を開設する際の書類として、その屋号が記載された開業届を求められる場合があります。そのため、新しい屋号が記載された開業届出がないと、屋号付きの銀行口座を作れない可能性があります。
また、グーグルのMEO対策やグーグル広告などを利用する際には、登録する屋号について記載された開業届出が必要になるケースもあるようです。
複数の屋号を使い分ける場合、基本的には入出金の確認などもその屋号の数だけ必要です。
この際、複数の屋号を同一の口座で処理をすると、非常に煩雑となることから、できるだけ1つの屋号に1つの口座を使い分けるようにすることがお勧めです。
なお、複数の屋号に共通する経費については、どちらか一方の口座を利用して、決算などで按分することが考えられます。
(2)どの屋号で活動しているか間違えないようにする
複数の屋号を使い分ける場合には、どの屋号として事業活動をしているのか常に確認が必要で、例えば、以下のような誤り事例が考えられます。
✓間違った屋号で自己紹介をしてしまう ✓間違った屋号が書かれた名刺を渡してしまう ✓間違った屋号のメール署名を付してしまう ✓間違った屋号の印鑑で押印してしまう |
なお、状況によっては、屋号ごとに電話番号を分けることも検討が必要です。
(3)屋号の数は必要最小限とする
屋号の数を増やしすぎると、上記(2)のような誤り事例が生じる可能性が高まります。
複数事業を展開する場合には、複数の屋号を使い分けるメリットもありますが、管理は難しくなることから、屋号の数は必要最小限とすることをお勧めします。
2つ目の屋号を登録するための開業届出の記載例
開業届出の記載例は次の通りです。
「屋号」を登録する場合には、以下の赤枠部分に記載します。
また、既に開業届出を提出している個人が屋号を追加する場合には、「その他参考事項」の欄に、「屋号の追加登録」などと記載します。
複数事業を営む場合の青色申告の取扱い
青色申告の承認は、事業所得、不動産所得又は山林所得がある場合に受けることができます。
いったん青色申告の承認を受けた場合には、事業所得、不動産所得又は山林所得のすべてについて青色申告となります。
例えば、不動産所得と事業所得がある場合に、一方が白色申告で、もう一方が青色申告ということはありません。
そのため、すでに不動産所得が青色申告である方が、新たに事業を開始した場合には、何らの手続きをすることなく、事業所得も当然に青色申告となります。
なお、この場合には、開業時から青色申告の要件を満たす一定水準の記帳が求められるため、注意が必要です。
ここで、青色申告の承認期限は、以下の通りです。
✓原則:その年の3月15日までに承認申請書を提出
✓例外:その年の1月16日以後に新たに事業を開始した場合には、その事業を開始した日から2か月以内に承認申請書を提出 |
ここで言う「新たに事業を開始した場合」とは、上述の通り、不動産所得、事業所得、山林所得のいずれも営んでいない人が、いずれかの業務を開始した場合を言います。
そのため、すでに不動産所得、事業所得、山林所得のいずれかを営んでいる人が、新規で事業を開始した場合にはこれに該当しないことになります。
例えば、事業的規模でない不動産所得がある人(白色申告者)が新たに小売業を始めた場合には、その事業を開始した日から2か月以内ではなく、その年の3月15日までに申請書を提出する必要があることから注意が必要です。
複数事業を営む場合の決算書の作成方法
複数の事業を営む場合には、それぞれの収支をどのように決算書に記載し、何部作成すればいいのでしょうか。
答えは、同じ所得であれば青色申告決算書や収支内訳書を事業ごとに分けることなく、1部のみ作成することとなります。
つまり、業種ごとに決算書を分けることは不要です。
ただし、所得が異なる場合、例えば、営む複数の事業が事業所得と不動産所得に分かれる場合には、それぞれの決算書(白色申告の場合は収支内訳書)が必要となります。
なお、青色申告の場合には、不動産所得の金額が事業的規模でない場合(控除額10万円)であっても、事業所得があれば最高65万円の青色申告特別控除を適用できることから、節税になります。
この場合、65万円控除はまず不動産所得から控除することになります。
複数事業を営む場合の確定申告書の作成方法
複数の事業を営む場合には、それぞれの所得をどのように確定申告書に記載し、何部作成すればいいのでしょうか。
答えは、複数の事業がある場合においても、確定申告書は1部だけ作成します。
所得税は、対象となる所得を合計して、総所得金額を求め、それに対する所得税の金額を算出する総合課税が原則となっています。
次のような所得は総合課税の対象となるため、確定申告書にまとめて記載することとなります。
✓利子所得 (源泉分離課税に当てはまるものや、一定の条件の特定公社債の利子を除く) ✓配当所得 (確定申告不要制度や、申告分離課税を選択した場合を除く) ✓不動産所得 ✓事業所得 (株式譲渡による事業所得を除く) ✓給与所得 ✓譲渡所得 (土地・建物等や株式等の譲渡所得を除く) ✓一時所得 (源泉分離課税に当てはまるものを除く) ✓雑所得 (株式譲渡による雑所得や、源泉分離課税に当てはまるものを除く) |
そのため、複数の事業がある場合においても、確定申告書は1部だけ作成することとなります。
ただし、土地や建物、株式を売却したことによる譲渡所得など、分離課税の対象となるものについては、「分離課税」による確定申告(第3表)が必要となります。
(1)申告書第一表
確定申告書第一表の記載イメージは以下の通りです。
確定申告書第一表の作成方法は次の通りです。
①事業所得及び不動産所得の「青色申告決算書」または、「収支内訳書」から、それぞれ確定申告書の「収入金額等」の部分に転記(上記㋐及び㋒欄)。
②事業所得及び不動産所得の「青色申告決算書」または、「収支内訳書」から、それぞれ確定申告書の「所得額」の部分に転記(上記①及び③欄)。 ③青色申告者で青色申告特別控除額を控除した場合には、上記の青色申告特別控除額欄に記載 |
(2)申告書第二表
申告書第二表の記載イメージは以下の通りです。
上記のように、申告書第二表には、「事業税に関する事項」を記載する必要があります。
個人事業主は、所得税や住民税とは別に「個人事業税」の申告及び納付が必要になります。ただし、確定申告をした人については、都道府県税事務所が確定申告書の内容に基づいて事業税を算定した結果が納税通知書として8月ごろ郵送されてきます。
複数の事業を営む場合、その事業ごとに事業税の取扱いが異なることがありますが、その場合であっても、適切に事業税が算定されるよう、次の①及び②に該当するときは、確定申告書の所定欄に該当する番号とその所得金額を忘れず記入することが必要です。
なお、事業税では、青色申告特別控除は認められないことから、青色申告特別控除前の金額を所得金額とします。
①複数の事業を兼業している人で、次に示す事業より生ずる所得がある場合
✓1.畜産業から生ずる所得(農業に付随して行うものを除く) ✓2.水産業から生ずる所得(小規模な水産動植物の採捕の事業を除く) ✓3.薪炭製造業から生ずる所得 ✓4.あん摩、マッサージ又は指圧、はり、きゅう、柔道整復その他の医業に類する事業から生ずる所得(両眼の視力(矯正視力)が0.06以下の人が行う場合は事業税が課されないことから、「10」を記入することになります) ✓5.装蹄師業から生ずる所得 |
多くの事業について、個人事業税の税率は5%となっていますが、上記の1.~3.は4%、4.及び5.は3%となっていることから、これらの所得金額を明記します。
②次に示す非課税所得がある場合
✓6.林業から生ずる所得 ✓7.鉱物掘採(事)業から生ずる所得 ✓8.社会保険診療報酬等に係る所得 ✓9.外国での事業に係る所得(外国に有する事務所等で生じた所得) ✓10.地方税法第72条の2に定める事業に該当しないものから生ずる所得 |
所得税の対象となるものの、個人事業税の対象とならない事業については、これらの所得金額を明記します。
例えば、文筆業(ライター業)、翻訳業、漫画家、画家、音楽家(ミュージシャン)、スポーツ選手、芸能人といった職種は法定業種ではないため、個人事業税の対象外です。
ただし、業種の判断は各都道府県税事務所に委ねられるため、地域によって非課税の取扱いが若干異なるため注意が必要です。
なお、個人事業税に関する注意点などに関しては、以下の記事をご参照ください。
個人事業税の法定業種と税率を分かりやすく解説!!
まとめ
以上今回は、複数の事業を営む(異なる事業を新たに開始する)場合について、「開業届の必要性」や「屋号の登録」、「青色申告の取扱い」、「決算書の作成方法」、「確定申告書の作成方法」などを解説いたしました。
会社が1社でいくつかの事業を営むことができるように、個人事業主の場合であっても、1人でいくつかの事業を営むことができます。
既に開業届出を提出している個人事業主が、異なる事業を始める場合には、開業届出の提出は必要ではありませんが、開業届を提出することで屋号を登録することができます。
事業ごとに屋号を分けたほうが、宣伝効果が高まる、効率的に集客できるといったメリットがありますが、どの屋号として事業活動をしているのか常に確認が必要と言った注意点もあります。
不動産所得と事業所得がある場合に、一方が白色申告で、もう一方が青色申告ということはありません。そのため、すでに不動産所得が青色申告である方が、新たに事業を開始した場合には、何らの手続きをすることなく、事業所得も当然に青色申告となります。
複数の事業を営む場合であっても、青色申告決算書や収支内訳書を事業ごとに分けることなく、1部のみ作成することとなります。
同様に確定申告書も1部だけ作成します。また、申告書第二表には、「事業税に関する事項」を記載する欄がありますが、適切に事業税が算定されるよう、記載漏れをしないように注意が必要です。
なお、「江東区・中央区(日本橋)・千葉県(船橋)」を拠点とする保田会計グループでは、個人事業主の税務顧問も積極的にお受けしています。ご興味がある方は、以下のサイトから、お気軽にお問い合わせください。
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